大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)2207号 判決 1972年8月15日
原告
中務義一
被告
天池太計彦
ほか一名
主文
被告大島四郎は原告に対し、原告から金五万円の支払いを受けるのと引換えに、ダツトサンP四一一型普通乗用自動車一台を引渡せ。もし右引渡しができないときは、原告から金五万円の支払いを受けるのと引換えに、金五八万円を支払え。
原告の被告大島四郎に対するその余の請求および被告天池太計彦に対する請求を棄却する。
訴訟費用は、原告と被告大島四郎との間においては、原告に生じた費用の二分の一を同被告の負担、その余は各自の負担とし、原告と被告天池太計彦との間においては全部原告の負担とする。
この判決の第一項は、原告が金一八万円の担保をたてたときは仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
(原告)
一 被告らは各自原告に対し、
(一) ダツトサンP四一一型普通乗用自動車一台を引渡せ
(二) もし右自動車の引渡をしないときは、金五八万円およびこれに対する昭和四四年五月二九日から完済迄年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決ならびに仮執行の宣言。
(被告ら)
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第二請求の原因
一 昭和四一年四月二六日午後三時五〇分ごろ守口市佐太東町二の四先路上において発生した交通事故に関し、同日原告と被告天池太計彦との間において、同被告は原告に対しダツトサンP四一一型普通乗用自動車一台を、同年五月一五日迄に、引渡して代物弁償する旨の示談が成立した。
二 被告大島四郎は同日右示談の履行を保証した。
三 当時のダツトサンP四一一型普通乗用自動車の販売価格は金五八万円である。
四 よつて、原告は被告ら各自に対し、ダツトサンP四一一型普通乗用自動車一台の引渡しを求め、もし被告らが右自動車の引渡しをしないときは、これにかわる損害賠償として金五八万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四四年五月二九日から完済迄年五分の割合の遅延損害金の支払いを求める。
第三請求原因に対する認否
一 請求原因第一項は認める。
二 同第二項は否認する。
三 同第三項は不知。
第四抗弁
一 被告天池は昭和二二年一〇月二七日生れであつて、示談の時は未成年であつた。そうして本件示談について法定代理人の同意をえていないので、本訴において取り消す。
二 仮に被告らにダツトサンP四一一型一台の引渡義務があるとしても、原告はその所有にかかる事故車(ダツトサン・ブルーバード大阪五―四五九五号)を引換えに被告らに給付すべき約束をしたものであるから、原告から右事故車の引渡しを受ける迄は、被告らはその引渡義務を履行する必要がない。
第五抗弁に対する答弁
一 示談当時被告天池が未成年者であつたことおよび取消の意思表示があつたことは認める。
二 引換えに事故車を給付すべき約束がなされたとの点は否認する。
第六再抗弁
一 未成年者の抗弁に対する再抗弁
(一) 被告天池は、被告大島ないしその経営する運送会社に自動車運転手として雇傭され、その営業に従事することを法定代理人天池やゑ子より許されていた。
(二) 被告大島は、本件示談当時、被告天池が未成年者であることを知りながら、履行の保証をしたものである。
(三) 仮に、被告大島が知らなかつたとしても、同被告は昭和四一年七月一日本件債務を負担する旨の意思表示をした。
二 同時履行の抗弁に対する仮定再抗弁
(一) 仮に被告らの給付義務が事故車の引渡しと同時履行の関係にたつとしても、それは「事故車またはその下取価額と引換えに」との趣旨である。そうして、原告は事故車を訴外大阪日産自動車株式会社枚方営業所に預けておいたが、履行期到来するも、被告らより履行がないため、昭和四一年七月ごろ、右の内下取価額の方を選択し、右訴外会社の査定に基づき、五万円で下取に出し、右金員を預り占有している。
(二) 仮に右のような趣旨であることが認められないとしても、右に述べたように履行期到来し、なお二ケ月余待つたが、被告らより履行なく、右訴外会社にいつ迄も保管を依頼するわけにもいかないため、やむなく原告は被告らのために事務の管理をなし、前記のごとく下取に出したものである。
(三) 以上の主張が認められないとしても、昭和四一年七月一日事故車に代えて下取価額とする旨、原告と被告らとの間に合意が成立した。
第七再抗弁に対する答弁
被告大島が被告天池を雇傭していたこと、示談当時被告天池が未成年者であることを被告大島が知つていたことは認めるが、その余の事実は全部争う。
第八証拠〔略〕
理由
一 請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。
二 (被告天池に対する請求についての判断)
(一) 被告天池が本件示談当時未成年者であつたこと、および本訴において右示談における同被告の意思表示を取り消したことは当事者間に争いがなく、本件記録によれば、右取消しの意思表示は本訴第一回口頭弁論(昭和四四年六月一六日)において陳述したものとみなされた答弁書によつてなされたことが明らかである。そうして、右示談について法定代理人の同意があつたことの立証はない。
(二) 原告は、同被告は法定代理人たる天池やゑ子から営業を許されていたと主張し、その根拠として同被告が被告大島ないしその経営する運送会社に自動車運転手として雇傭されていたことをあげ、右雇傭の事実は当事者間に争いがないけれども、右事実のみから被告天池が営業をなすことを許されていたとは断じ難く、ほかに同被告がなんらかの営業に従事することを法定代理人から許されていたことを認めさせるに足る事実の主張、立証はない。
(三) 以上によれば、同被告に関しては、原告主張の示談契約は有効に取り消されたものというべく、したがつて原告の同被告に対する請求は、その余の争点について判断する迄もなく失当であつて棄却を免れない。
三 (被告大島に対する請求についての判断)
(一) 〔証拠略〕を綜合すると、被告大島は、本件示談契約上の被告天池の義務につき、原告に対し保証をしたことが認められ、〔証拠略〕中右認定に反する部分は措信し難く、ほかに右認定をくつがえすに足る証拠はない。
(二) そうして、右示談当時被告天池が未成年者であることを被告大島が知つていたことは当事者間に争いがないから、前示の通りの被告天池の示談契約の有効な取消しにもかかわらず、それとは独立して、被告大島は右示談契約上のダツトサンP四一一型一台の引渡債務を負担していることになる。
(三) 前示争いのない事実によれば、右引渡義務の履行期は昭和四一年五月一五日であるところ、前掲の各証拠によれば、右示談契約において原告所有の事故車は、被告らにおいて引き取るものと約束されていたことが認められ、これに反する証拠はない。これによれば、原告は事故車を被告らに引渡すべき債務を有し、かつ、この債務は被告らの前示P四一一型車の引渡義務と同時履行の関係に立つものと解するのが相当である。
(四) 原告は、被告らの給付義務が事故車の引渡しと同時履行の関係に立つとしても、それは「事故車またはその下取価額と引換えに」という趣旨であつた、仮にそうでないとしても、昭和四一年七月一日原告と被告らとの間で、原告の給付すべきものを事故車に代えて下取価額とする旨の合意が成立したと主張するけれども、本件全証拠によるも以上の原告主張事実を認めるに足る証拠はない。
(五) 次に、原告は、被告らが一向に示談契約上の義務を履行しないので、やむなく事故車を下取りに出して代替車を購入したが、これは被告らのために事務の管理をなしたものであるから、原告は事故車の引渡しに代えて下取り価額の五万円を被告らに引渡せば足ると主張し、〔証拠略〕によれば、原告は事故後、事故車を大阪日産自動車株式会社枚方営業所に預けていたが、被告らの引渡義務の期限である昭和四一年五月一五日を経過しても被告らから前示P四一一型車の引渡しがなされなかつたので、同年九月二一日事故車と同型のダツトサンブルーバード昭和四一年式新車を五八万円で右訴外会社から購入し、その際事故車を下取り車として、同会社に引渡し、下取り価額を五万円と定めたことが認められ、右認定に反する証拠はない。しかしながら、前示(三)で認定したところによれば、原告は、被告らに事故車を引渡す迄は、被告らのために事故車を保管すべき義務を負つていたと解されるから、原告主張の事務管理の成立は認めることができない。もつとも右認定事実によれば、事故車そのものの引渡義務は、もはや履行不能に帰したものといわざるをえないから、被告大島の、「事故車の給付」がある迄は同被告の引渡義務を履行する必要がない旨の主張は失当である。
(六) ところで、右認定事実によれば、右のように事故車の引渡義務が履行不能になつたのは、原告の責に帰することであるから、被告大島は原告に対し事故車の引渡しに代る損害賠償請求権を有するものというべく、したがつてまた同被告は事故車の当時の価額との引換給付判決を求めうるものであり、同被告の同時履行の抗弁の主張には、右の趣旨をも含んでいるとみるのが相当である。そうして前示認定事実によれば、事故車の当時の価額は金五万円であつたと評価するのが相当である。
(七) 以上によれば、被告大島は原告に対し、原告から金五万円の支払いを受けるのと引換えに、ダツトサンP四一一型普通乗用自動車一台を引渡すべき義務がある。さらにその引渡しができないときは、事故車の給付に代えて損害賠償をなすべき義務があるところ、その損害賠償額は前示(五)で認定した事実に照らし、金五八万円と評価するのが相当である。原告の同被告に対する請求中、以上をこえて単純給付を求める点は失当である。また、原告が事故車またはその給付に代る損害賠償金の提供をしたうえで、被告らに対しその義務の履行を求めたことの主張、立証がなく、かつ本訴の訴状にも右提供の事実がうたわれていないことは本件記録上明らかであるから、被告大島はいまだ履行遅滞の状態になつていない。したがつて、右金五八万円に対する遅延損害金の支払いを求める部分も理由がない。
よつて、原告の本訴請求は、被告大島に対し主文第一項掲記の限度でこれを認容し、同被告に対するその余の請求および被告天池に対する全部の請求はこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 林泰民)